東京地方裁判所 昭和42年(ソ)35号 決定 1969年6月16日
抗告人 遠藤馨
相手方 国
訴訟代理人 森脇郁美 外一名
主文
原決定を次のとおり変更する。
東京簡易裁判所昭和四一年(ト)第一六六号不動産仮処分申請事件(右仮処分決定に対する同年(サ)第一、五〇八号仮処分異議事件をも含む。)の訴訟費用は、抗告人および相手方の各自負担とする。
相手方の訴訟費用額確定決定の申立を却下する。
差戻前の第一審、その抗告審、差戻後の第一審および当審における費用額確定および負担を定める申立に関する費用は相手方の負担とする。
理由
一、本件抗告の趣旨およびその理由は、別紙記載のとおりである。
二、当裁判所の判断
(一) 先ず、一件記録によると、抗告人は昭和四一年一一月二二日相手方を仮処分債務者として東京簡易裁判所に、「債務者(本件相手方)の別紙物件目録記載の建物部分に対する占有を解いて執行官に保管させ、債権者(本件抗告人)にその使用を許す」旨の仮処分を申請し、右申請は同裁判所昭和四一年(ト)第一六六号事件として係属し審理の結果、同月二五日右申請を認容した仮処分決定がなされ、同月二八日その執行をしたが、相手方は右仮処分決定に対して異議の申立をしたので、同裁判所昭和四一年(サ)第一、五〇八号仮処分異議事件として審理が進められた。ところが、抗告人は昭和四二年二月一四日右仮処分申請の取下をし、相手方は右取下に同意したので右仮処分申請事件(右仮処分異議事件をも含む、以下同じ。)は終了した、以上の事実を認めることができる。
(二) 抗告人は、右仮処分申請事件の訴訟費用の負担については、抗告人が実質的勝訴者であるから民事訴訟法九〇条により右事件の訴訟費用は相手方の負担とすべきものであるのに、これを抗告人の負担とした原決定は違法である旨主張する。そこで、考えるに、右仮処分申請事件が抗告人の仮処分申請取下によつて完結したものであることは前記認定のとおりであるから、右事件の訴訟豊用の負担については民事訴訟法一〇四条の規定に則り、同法八九条以下などの規定に従い定められるべきところ、仮処分申請の取下者は原則として敗訴者と同視され(旧民事訴訟法七二条二項参照。)、右原則の例外である民事訴訟法九〇条、九一条などに定める特段の事情が認められない限り訴訟費用は取下者に負担させるべきものである。
そこで、進んで、右特段の事情があるか否かについて検討するに、抗告人が前記仮処分申請の取下をしたのは、右仮処分の本案訴訟において後記のとおり当事者間に裁判上の和解が成立した結果によるものであることが認められる。なすわち、一件記録によると、抗告人は昭和四一年一二月一六日右仮処分の本案訴訟を東京簡易裁判所に提起し、同裁判所同年(ハ)第八三八号建物占有部分明渡請求事件として係属したが、同四二年二月四日午前一〇時の口頭弁論期日において、抗告人および相手方との間に、左記条項による裁判上の和解が成立した。
記
1 被告(本件相手方)は原告(本件抗告人)に対し、現在の段階においては、別紙物件目録記載の建物部分を占有する権原のないことを認め、即時これを明け渡す。ただし、被告は既に仮処分の執行により右建物部分より退去しているのでこれをもつて明け渡したものとみなす。
2 原告は、本件退寮ならびに放学処分がその後取り消されまたはその無効なることが確定したときは、被告の入寮につき考慮するものとする。
3 訴訟費用は各自弁とする。
しかして、右本案訴訟における和解条項によれば、抗告人の主張する被保全権利が殆ど全面的に容れられたものであることを認めるに難くはないけれども、右の事実のみをもつて直ちに抗告人の前記仮処分申請事件によつて生じた訴訟費用は、民事訴訟法九〇条後段にいう「訴訟の程度において権利の伸張若しくは防禦に必要なりし行為によりて生じた訴訟費用」にあたると即断することはできないものであり、他に特段の事情を認めるに足りる証拠はないから、抗告人の前記主張はこれを容れることができないものである。
(三) しかしながら、前記仮処分申請事件は、その本案訴訟において当事者間で裁判上の和解が成立した結果、抗告人が仮処分申請の取下をしたことにより完結したものであるところ、右本案訴訟費用は抗告人および相手方の各自負担と定められたが、右仮処分事件については、当事者間にその訴訟費用の負担に関し、何んら明示による合意がなされなかつたことは前記認定のとおりである。このような場合、右仮処分事件の訴訟費用の負担については、各当事者は前記本案訴訟の訴訟費用の負担についての右合意と同じく当事者の各自負担とする意思を有していたものであり、その旨の黙示の合意があつたものと解釈するのが相当である。なぜならば、民事訴訟法九七条の規定は本来裁判上の和解の場合の規定であるが裁判外の和解ないしこれと同視できる場合にも意思解釈の規定として準用せられるべきものと解すべきであるからである。そうして、民事訴訟法上の訴訟費用の負担の法則は、いわゆる任意規定であると解すべきであるから、裁判所はこれに関しては当事者の合意に拘束されるものというべきところ、前記仮処分事件の訴訟費用の負担に関する抗告人および相手方の合意は前記認定のとおりでるあから、右合意に従い、右仮処分事件の訴訟費用は抗告人および相手方の各自負担とすると定めるべきものである。
また、右仮処分事件の訴訟費用が当事者の各自負担と定められるべき以上、相手方の訴訟費用額確定決定の申立は理由がないものというべきである。
(四) 以上の次第であるから、これと一部結論を異にする原決定は変更することとし、費用額の確定および負担を定める申立に関する費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条但書を適用して主文のとおり決定する。
(裁判官 長井澄 菅原晴郎 佐藤寿一)
抗告状<省略>